我々はなぜ忙しいのか。直観的には「仕事の多さ」が原因のように思える。しかし、仕事の多さはあくまで表面的な現象であり、忙しさの深淵は意外なところにある。本稿では、「仕事量を変えず、なおかつ人も増やさず」に生産性を劇的に改善した事例を取り上げることで、仕事におけるプロジェクトの進め方を、根底から問い直す。

なぜ忙しさから逃れられないのか

 いきなりだが、忙しさの原因は何だろうか。直観的な理由として挙げられるのは「仕事が多いから」ではないだろうか。たとえば、クライアントからの急な依頼、上司から振られる突発的な業務、リモートワークへの対応、採用面接・新人研修、そして続く社内調整……自身の「本来業務」とは別の仕事にも追われ続け、結果としてバーンアウトする人が後を絶たない。

石川善樹(いしかわ・よしき)
予防医学研究者、博士(医学)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学とさまざまなプロジェクトを行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念工学など。近著は、『フルライフ(NewsPicks Publishing)』、『考え続ける力』(ちくま新書)、『継続とは「小さな問い」を立てること DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文』(ダイヤモンド社)など。

 では、忙しさの原因が「仕事の多さ」なのだとすると、「仕事を減らす」というのが自明な解になる。しかし、そう簡単にはいかない。削減できる業務には限界がある。人を増やしたくても、すぐには増やせない。

 むしろ、仕事を減らすために、業務の見直しという新たな仕事に追われる。人が増えたとしても、雇った人の育成・引き継ぎといった業務も発生する。忙しさから逃れようとして、かえって忙しくなる――本末転倒な事態にも陥りかねない。

 では、どうすればいいのか。

 もちろん、多すぎる仕事を減らしていくことは極めて重要である。しかしここで筆者らが提案したいのは、仕事を減らすわけでもなく、かといって人を増やすわけでもなく、いわば「第三の道」ともいえる解決策の提案である。

 本稿では「忙しい」という現象を異なる視点でみつめることで、忙しさの「自明でない原因」に迫る。具体的には、「人を増やさず、かつ仕事量も変えず」に忙しさを解消した事例を紹介することで、「仕事の多さ」は表面的な現象であり、その奥に真の原因があることを提示していきたい。

仕事が忙しくなる「自明でない」原因

 なぜ私たちは、こんなにも「忙しい」のだろうか。忙しい読者のために先に結論を述べておくと、究極の原因は「締め切りがあるから」である。どれほど多くの仕事を抱えていたとしても、締め切りがなければいつまでも先延ばしにできるので、(理屈上は)忙しくはならない。もちろん、それは屁理屈でしかなく、現実は締め切りを失くすことなどできない。

 では、改めて考えてみると、忙しさの原因は何だろうか。

 それは、「予定外の仕事」が発生するからである。もし仮に、すべての仕事が予定通りに進むのであれば、忙しくならないよう計画すればいいだけの話である。実際、何か物事を計画する段階では、現実的で、かつ多少のバッファーを持たせた計画を誰もが組んでいるはずだ。

 それにも関わらず、想定を超えた忙しさになってしまうのは、いうまでもなく「予定外の仕事」が発生しているからである。具体的には、予定外のクレーム対応、予定外の上司からの依頼、予定外の欠員、予定外のエラー…それぞれの事象は小さいながらも、予定をしていなかったタスクに時間を奪われる。

 また現代は、1人ではなく、チームでプロジェクトを進めることが多い。予定外の仕事によって1人のタスクが遅れると、その影響はプロジェクト全体に及ぶ。結果として、期日前になっても仕事が終わっていない状況が発生し、間に合わせるために残業をするなど、仕事に追われる「忙しい」状態になる。

 ここまでの話を整理しよう。

 仕事量の多さではなく、締め切りがあるから私たちは忙しくなる。そして締め切りに間に合わせるようバッファーを持った予定を立てるが、「予定外の仕事」が発生することで、さらに忙しくなる。忙しさの背景には、そのような構造があるのだ。

「仕事に人を振る」という発想の契機

 忙しさへ対処するには、「予定外の仕事」をどう扱うかが要所となる。そこで今回、筆者らが提案するのが、人に仕事を振るのではなく、「仕事に人を振る」という考え方だ。これを実践することで、予定外の仕事をうまくマネジメントできるようになり、忙しさから抜け出せる。

 この発想の契機となったのが「予定外の仕事」にまつわる二つの問題である。

(1)仕事の属人化

一つ目が仕事の属人化の問題である。我々は普段、「この人にはあの仕事をお願いしよう」と考えて、仕事を振ることが多いだろう。しかし、人を起点に考えて仕事を振り続けると、仕事が属人化して、中身がブラックボックスになりやすい。仕事の進み具合はその人次第になり、コントロールができなくなる。

 加えて、仕事の属人化が進むと、その人にしかできない仕事がどんどん生まれてしまう。とりわけ、「予定外の仕事」でその傾向は強まる。クレーム対応や新規プロジェクト、採用・研修業務、本業以外の仕事は、できる人に寄せられがちである。有能な人・頼みやすい人の忙しさは増すばかりだ。

(2)仕事の「待ち時間」

 もう一つが仕事の待ち時間(次の仕事に取り掛かれずに待っている予定外の時間など)の問題である。この待ち時間の意味を理解するには、「プロジェクトの気持ちになってみる」ことが大切だ。

 たとえば、病院での外来診療を想定してもらいたい。患者であるあなたは、「病院で診察を受けるという」プロジェクトそのものだ。あなたは受付のために並び、診察の待合室で長時間待ち、短い検査を終えて、再度、診察で名前を呼ばれるまで待ち、会計が終わるまでをも待つ。診察自体は5分に満たないにも関わらず、半日、いや1日を費やすこともある。

 一方で、医師や看護師、病院スタッフは決して暇を持て余しているわけではない。彼らは皆「忙しい」と答えるはずである。だが、患者であるあなたは「待ち時間」にそのほとんどを費やしている状況なのだ。

 これが、「プロジェクトの気持ちになる」ということだ。プロジェクトに関わる一人一人の立場に立つと、とにかく皆忙しく見える。この例でいえば、医師や看護師、病院スタッフだ。しかし、「病院で診察を受ける」というプロジェクト(=あなた)全体でみれば、待ち時間ばかりがかかっている。

 これは、私たちの仕事にも当てはまる。大局的にプロジェクトの立場で「実際に仕事がどれだけ進んでいるのだろうか?」と見てみると、驚くべきことにプロジェクト遂行にかかる時間全体のうち、実際に仕事をしている時間は少なく、その多くが予定外の仕事ともいえる「待ち時間」で占められている。

 もし疑うようであれば、ぜひご自身が関わっているプロジェクトを振り返ってみてほしい。プロジェクトの開始から終了まで、実際に仕事がなされている時間は予想以上に少ないことに気が付くはずだ。